リゾートスタイル ~ 島くらし

ヒルトンヘッドアイランドー東海岸リゾートでフツーに暮らす
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Greenbier 輝ける歴史と隠された歴史(1)

 グリーンブライア−・リゾートのある町は、White Sulphur Springs (ホワイトサルファースプリングス)という。

 名前の通り、このあたりは温泉が湧き出るのだ!グリーンブライアーを散策していると、道路のところどころで湯気が上がっている。まるで日本の温泉地のようだ。

 昔この温泉を、ネイティブアメリカン(アメリカンインディアン)が利用した形跡もあるらしいが、1770年ごろから少しずつリューマチ他の保養の為に、温泉水を持ち帰る人たちが訪れるようになったという。

 当時の源泉は残っていて、現在も「スプリングハウス」としてシンボルになっている。(現在は湯気は出ていない、ただの水たまりなのが残念)
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 有名になったのは1830年頃に、当時の富豪達が「避暑地」として小さなコテッジを作り始めたのである。
現在も残っているコテッジは、改修や改築が1930年ごろされているパラダイスロウ(Paradise Row)とかアラバマロウ(Alabama Row)だが、パラダイスロウのコテッジは「レンガ」で基礎や壁の一部が作られているので、当時一般的だった「木造住宅に比べたら、天国(パラダイス)のような造り」と騒がれたとか。

 木造のアラバマロウは、現在アーティストのギャラリーショップとして健在。
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 南北戦争以前に、パラダイスロウ(れんが造り)の一角にある「プレジデントコテッジ」(大統領用コテッジ)には、歴代5人の大統領も逗留している。
 現在はミュージアムになっていて、当時の家具や、滞在した賓客や歴史的な写真なども提示されている。
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 居間の暖炉も、家具も当時のまま。
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 このポスターは、「正装のダンスパーティ、1872年8月27日」のお知らせ。前ページのボールルームで繰り広げられたダンスパーティ、ぜひ覗いてみたいものだ。
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 ゴルフコースに下っていくと、プールからの眺めはまるでどこかの映画かコマーシャルのシーンに出てくるような、絶景。
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 そしてゴルフ好きなら絶対見逃したくない、Ryder Cup(ライダーカップ、アメリカVSヨーロッパ)の第一回が開催されたゴルフコースでもある。
 現在もPGAの「グリーンブライアークラシック」が開催されている。
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 宿泊したホテルも、1858年にメインビルディングが建設されて、1920年から30年にかけて大きな改修工事が行われている。
 ホテルの部屋の窓は古くて、外の音はよく聞こえるし(ホテルの外にある鉄道の汽笛も聞こえる)、冷房がなかった時代の「網戸」も健在である。

 これだけ古くから多くの富豪や、プリンス、プリンセスの避暑地やハネムーンに利用されてきたリゾートなので、ルーズベルト大統領とか、ジョセフ・ケネディ(JFKの父親)夫妻、前述のウィンザー公、モナコ国王夫妻、チャールズ・チャップリン、フレッド・アステア、星の数ほど有名人が訪れている。

 それでも、1941年から45年の第二次世界大戦中は、一般に閉鎖されていた時期がある。

 1941年から1942年にかけて、400人近くの日本人外交官とその家族、一部ドイツやイタリアの外交官家族が「軟禁」されていたのである。彼らは交換船で本国へ送還されるまで、このリゾートで過ごしていた。
 プレジデントコテッジミュージアムでは、この時期にここで結婚式を挙げた日本人カップルの写真や、集合写真をみることができる。
 私たちが耳にする、日本人強制収容所とはあまりにも違う待遇と雰囲気を感じる写真であった。

 さらに、1942年秋には陸軍がホテルを買い取り、2000床の陸軍病院として4年間で24000人以上の将兵を収容していた。

 1946年にチェサピーク&オハイオ鉄道会社が買い取ってから、再度改装されて一般解放されたのだが、それでもこのリゾートは「国家事業」から解放されることがなかった。

 一番新しい部分は「ウェストバージニアウィング」で、1962年の建築だが、この部分はホテルというより「国家機密プロジェクト」の為に、白日の下で工事が始まったのである。

 このプロジェクトについては、上院下院議員でもしっている人は一握り、予算は「なんの問題もなく国会を通過」するが、その詳細は知らされない。そして30年以上、プロジェクトに関わった人は合衆国に対して保守義務を負う誓約書をかわすことになる。
 
 この話は、また次回をお楽しみに。。。。



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プロフィール

Kay Buckley

Author:Kay Buckley
 名古屋生まれの名古屋育ちが、東京で働く間にオットに出会い、アメリカ南東部の街で数年。2002年から東部屈指のリゾート地での暮らしがはじまりました。

 補習校教師、通訳、情報誌編集長などを経て、さて次はなにをしようかな?
ワン子との暮らしや、リゾート暮らし、旅行や食べ物の話を載せています。

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